HANS
―闇のリフレイン―


夜想曲5 April

5 亡霊


彼らは飴井の事務所に移動した。が、そこでも3人の話し合いは決裂した。
「そんな話は俄には信じられないな。罠じゃないのか? そんな破滅的な力を持つ子どもが何人も地下に幽閉されているなんて、荒唐無稽過ぎる」
飴井が反論する。
「あんたの個人的な意見なんてどうだっていいいんだ。要はその子ども達をどうやって解放し、逃亡させるかなんだ。ハンスが協力してくれれば成功する可能性が高かったのに……」
男の表情に失望と焦りが色濃く滲む。
「それなら、他の能力者に頼んだらどうだ?」
「そんなに強い能力者で闇の民でない者を探すのは困難だ。能力者と言ったってどんな奴でもいいって訳には行かない。甲クラスの能力がなければ……」
「コウクラス?」
それは耳慣れない語感だった。

「部外者のあんたには詳しいことは語れない」
男は説明を拒んだ。
「十分語ってると俺は思うがな」
含み笑いを浮かべて飴井が言う。
「そうだな。じゃあ、消えてもらうか?」
「俺を消したところでハンスが目撃しているんだ。脅しにもならないだろう」
飴井が一笑する。
「どうかな? 俺なら証拠も残さず消すことが出来るんだぜ。ハンスと同じように……」
瞳に黒い影が滲む。
「茂! 悪質な冗談言うなら、私は帰るわ」
ナザリーが睨む。
「冗談じゃないんだけどな」
口ではそう言ったが、彼はあっさり引き下がった。
「わかった。どちらにしても協力出来ないと言うなら忘れてくれ」

「だが、子ども達の人権が不当に侵されているというのなら、黙認する訳にも行かなそうだ」
彼は何とか打開策はないかと思案した。
「だからといってアメリカの連中に口を挟んで欲しくない。これは日本の問題なんだ」
テーブルに置いた手を軽く叩いて浅倉が言う。
「ハンスだって部外者だろ?」
「半分はもともと闇の民の血筋だ」
「厄介な立ち位置だな」
飴井が苦笑する。
「私も部外者の一人なんだけど……」
ナザリーも言う。
「だが、君は協力者だ」
「でも、この件からは手を引くわ。あなたの言うことが事実だとしても、場所さえ特定出来ないし、もし、本当にそんな強い能力を持つ者がいるとしたら脅威だわ。欧州連合は黙っていないと思う。それに今はまだ、あまりにも情報が不足している。不可能よ」
彼女は冷静だった。
「なら、俺一人だってやるさ」
そう言うと浅倉は席を立つと事務所を出て行った。

「ナザリー、君にはもう少し訊きたいことがある」
飴井の言葉に彼女が頷く。
「ハンスと君は本当に兄妹なのか? だとしたら、ルドルフとの関係はどうなっている?」
彼女は少しの間逡巡し、何度か手を組み直してから言った。
「直接的な血の繋がりはないわ。詳しいことは言えないけれど、書類上は兄弟なの」
飴井は別の質問をした。
「ところで、あなたは何をしている?」
「闇の風とそれを使う能力者の研究をしているの」
「では、アメリカの能力者のことも知っているのか?」
「直接の面識はないわ。でも、アメリカ人の研究者なら一人知ってる」
下ろし掛けたブラインドの隙間から夜が覗く。
「それと、出来れば闇の民の情報が知りたい」
「浅倉は、自分にとって利のある者にしか話さない。しかも、疎らで小出しの情報」
「それでもいい。教えてくれないか?」
「あなたに? それとも組織に?」
「俺に」
「ごめんなさい。私自身、まだ考えがまとまらないの。申し訳ないけど、次の機会にしていただけない?」
「わかった」
二人は席を立ち、ナザリーは事務所を後にした。


その頃、ハンスはルドルフが運転する車の後部座席にいた。

――地の底に閉じ込められている闇の民の子達を救い出すんだ

「地下室か……」
暗く冷たい小部屋。
「誰も助けに来てくれなかった」
ハンスが言った。
「何の話だ?」
ルドルフが訊く。
「昔、閉じ込められてた地下室の話さ」
母を亡くし、心も体も傷付いて死にかけていた彼を、父は地下室に監禁した。そこにあった缶詰とワインだけで、彼は生き延びた。が、やがてそれらも底を突いた。飢えと寒さに震えていた時、付近を徘徊していた老婆からもらったイチゴキャンディーが最後の望みだった。そして、その最後の一粒を舐め終わって、いよいよ天に召されるかと思った時、現れた父の手に握られていたのは銃だった。

「ねえ、人はどうして銃を持ちたがるんだろう」
「おまえも持ちたがっていただろう?」

――父様は僕を銃で撃ったんだ。だから、僕はこの力で、風の弾丸を放ったんだよ。強くなるんだ。もっと強くなって、銃も上手くなって、いつか父様を殺すんだ!

「そうだね」

――いつかハワイの実弾射撃場に行って

――恋人の敵を取るために

「ギュンターを殺す?」
「向こうの出方次第だ」
車は大通りから逸れて高い建物が並ぶ道に出た。家に戻るにはその方が近いのと、通行量が圧倒的に少ないからだ。
「美樹は大丈夫かしら?」
「マイケルとリンダが付いてる」
「わかってる。でも、心配なんだ」
――敵を取るために
ハンスはふと運転席の男を見てくすりと笑んだ。

「何がおかしい?」
「美樹があなたを殺したいって……」
男はバックミラー越しにハンスを見た。
「彼女は僕を殺した奴に復讐するつもりだって言ってたそうだよ」
「馬鹿なことを……」
「ほんとだね。何て馬鹿な子なんだろう。そして、何ていい子なんだろう。僕、一生大事にするよ」
その時、ルドルフは前方のビルの屋上付近で動く人影を見た。
「伏せろ!」
撃って来た。が、車をジグザグに蛇行させて回避する。幸い、他に走っている車はなかった。更に2発。しかし、弾は逸れて、道路と縁石にめり込んだ。彼は車を歩道に乗り上げて停めた。同時に二人は車を降りる。ルドルフは外階段から屋上に向かい、ハンスは風を纏って宙に飛んだ。そして、敵のいる屋上へ降り立った。

ギュンターはライフルを身構え、彼を見据えた。
「まさか、おまえは……!」
発砲して来た。が、ハンスを取り巻く風に弾かれ、弾丸は足元に転がる。男は怯えたように何度も引き金を引いた。が、結果は同じだ。やがて、諦めたように男が発砲をやめると、ハンスはゆっくりと近づいて言った。
「これは忠告なんだけどね、いつまでもそんな古典的なやり方してたら命が持たないよ」
ハンスが言った。
「く、くそっ! 能力者だなんて聞いてないぞ」
男が悪態を付く。
「へえ。そうなの? でも、僕のことまるきり知らない訳じゃないよね? グルドにいたのなら……」

「俺は頼まれた仕事を遂行するだけさ」
「誰に頼まれた?」
「言えないな」
「なら、誰を殺せと頼まれたんだ?」
「目の前にいるおまえをだ」
男が冷静に言う。
空は宵闇に包まれ、風が春の陽気さと冷たさを拮抗させる。
「へえ、そうなの? ダーク・ピアニストであるこの僕を殺せとね」
彼は闇の風を纏うと、宙に飛んだ。彼の背後で風がたなびいた。そして、男の眼前に降り立った。

「ダーク・ピアニストだって? おまえが……。しかし、奴は死んだ筈じゃ……」
構えたライフルは微動だにしない。
「いい度胸じゃないか。この僕を前にして震えもせず立っていられるとは……」
「……偽物だ。奴が生きている筈が」
男は口の中で呟く。
「じゃあ、僕は亡霊ってことになるね。そうさ。ルビー・ラズレインは死んだんだ。僕はガイストのルビー。その僕がおまえを殺したとしても誰に咎められることもない」
風の中でその輪郭が曖昧になる。
「くそっ! ガイストでも何でもいい。俺はおまえを殺すだけだ」
言うと男はライフルの引き金を引いた。が、ルドルフの撃った銃弾がそれより速くギュンターの腕に命中した。男は膝を折り、ライフルは弾け飛んだ。

「ありがと。ルド」
ハンスが振り返る。
「大丈夫か?」
「ああ」
ハンスが頷く。ギュンターは気を失っていた。腕と肩が赤く染まっていたが、命には別状なさそうだ。先に捕まったワルター同様、治療が済み次第、身柄は本国に連行され、裁判を受けることになる。


長い1日が終わり、家に戻ると彼女が待っていた。
「美樹!」
彼の顔を見ると、彼女はほっとしたように微笑んだ。そんな美樹を抱くとハンスは言った。
「もう、終わりました。グルドの亡霊は国に帰って行きました」
「でも……」
不安そうに見上げる彼女の目には涙が滲んでいる。
「あなたの敵はグルドだけじゃないでしょう?」
「そうですね。キャンディーとか、ルドとか、そして、お魚さんとか、みんな君を狙ってる。油断ならなくて、僕は忙しいですよ。愛する君を守るためにね」
彼はそう言うとそっと唇を重ねた。その時、玄関チャイムが鳴った。
「こんな時間に誰だろう? みんなで僕の邪魔ばかりして、いつか殺してやるからな」

ハンスが不機嫌に扉を開けると、そこにはスーツ姿の若い男が立っていた。
「夜分遅くに申し訳ありません。ハンス・ディック・バウアーさんにお目に掛かりたいのですが……」
「僕がハンスです。用件は何ですか?」
「初めまして。僕は木ノ花会青年部を取り纏めている武本治(たけもと おさむ)という者です」
「木ノ花会……」
警戒するように男を見据える。が、次の瞬間、武本は玄関の叩きに膝を折り、頭を下げた。
「この度は、うちの会の者が大変ご迷惑をおかけ致しましたこと。深くお詫び申し上げます」
「何を言ってるですか?」
探るように訊く。

「あなたを狙撃した男は、うちの会の篠山という者に依頼されたからなのです」
「篠山? 薬島音大の理事の人ですか?」
「ええ。彼の父親が4年半前、あなたに殺されたのだと思い込んでいるのです」
「それじゃあ、サイクロプスの時もってことですか」
「いえ、それはまた別件で……。僕が知っているのは今回の件だけです。まったく愚かなことをしてくれた。いったい何て言ってお詫びをしたらよいのか……さぞかし、ご立腹のことと想いますが、どうかご容赦願えませんでしょうか?」
武本は苦渋しながらも、真摯に謝罪した。

「でも、何故、関係のないあなたが頭を下げるです? 篠山はどうして来ないのですか?」
「彼は今、拘置され、取り調べを受けておりますので……代わりに僕が伺ったのです。青年部の責任者は僕なので……」
「わかりました。でも、あなたには訊きたいことがある。ちょっと一緒に来てください」

部屋に通されると、武本は飾られた花を褒め、インテリアを褒め、猫達を褒めた。
「素敵ですね。僕は花や小さくて可愛い生き物が好きなんです」
武本は清潔感もあり、紳士的で好感の持てる青年だった。美樹が運んで来た紅茶を差し出すと、その器を褒め、彼女も褒めた。が、ハンスは彼女を同席させようとはしなかった。

「ところで、木ノ花会って何なのですか?」
ハンスが説明を求める。
「簡単に言うならば、大地を緑と花でいっぱいにしようという運動をしています。花の種を配ったり、緑を普及させるための講演を行ったりしているのです。他には、難病の子ども達のための募金やボランティア活動などもおこなっています」
「それだけですか?」
「無論、政治活動をしている者もおります。活動を広げるためにも繋がっておいた方が有利ですからね」
「じゃあ、何故、堂々と活動しないですか? 木ノ花会は闇の組織だと僕は聞いていますよ」
そう質問すると、武本は顔を曇らせて沈黙した。俯く彼の視線がピアノの影からこちらを見ている猫達を捉える。
「……それには訳があるのです」
武本は躊躇いがちに言葉を継いだ。
「会では風の能力を持つ子どもの保護活動を行っているのです」
「闇の民のってことですか?」
ハンスが単刀直入に訊く。

「それは世間で言われている噂というか、能力者に対する別称です」
「別称?」
「悲しいことに、能力者の子どもが親から何年も監禁され、誰もその子の存在を知らなかったなんていう事例がありまして……。そういう者達のことを闇の子どもとか、闇の民なんて言うことがあるのです。残念ですが、日本ではまだ、能力者についていわれのない差別や偏見が根強くあって、子どもの虐待も後を絶ちません。そんな悲劇をなくすために会では、能力者の子どもの保護活動を行っているのです」
そこで彼は、気持ちを落ち着けるように、一口だけ紅茶を飲んだ。
「だからといって、別に怪しい者達が運営している訳ではありません。みんな、普段は普通の職業に就いています。僕も普段は美術の教師をしていますし……。ただ、会のことを公表してしまうと子ども達に害が及んだりするものですから、活動は極力内密に行っているのです」
「じゃあ、浅倉って人が言っていたのはそのことですか?」
「ええ。彼もそのメンバーの一人です。ただ、彼の場合、ちょっと言動が過激過ぎて誤解を招きやすいので、先日も会のほうから注意したばかりなのですが……。何かご迷惑をお掛けしましたでしょうか?」
瞳の奥に隠されたものを見極めようと二人は互いを注視した。
「いいえ。でも、僕はちょっと別のこと考えていました」
部屋の中はしんとしていた。微風さえも流れていない。

「実は、僕も能力者なんです」
カップの中の液体を見つめていた武本が、ようやく決意したように告げた。
「3才の時、殺され掛けた僕を会の方が救ってくれたんです」
「殺され掛けた……」
共鳴する風が彼らの周囲を巡る。
「……僕もです。10才の時、父に殺され掛けたです」
俯き加減にハンスも言った。二人、それぞれの時間が過去に遡って行く。

「能力者だったからですか?」
武本が半分ほど残った紅茶のカップを持つと、そっと両手で包んで訊く。ハンスは軽く首を横に振る。
「でも、3才の時だったら、もっと辛いだろうな。僕は自分が3才だった時のこと、あまり覚えていないけれど……」
「僕ははっきりと覚えています。今でもそれを思い出すと怖くて震えてしまうんです」
そう言いながら、カップを持つ手が震え、彼ははっとしてそれをソーサーに戻した。
「ああ。同じです。僕、あなたの気持ち、よくわかります」
ハンスが同意する。
「すみません。自分の話などするつもりじゃなかったのに……」
武本が詫びる。
「いいんです。木ノ花会のこともわかったし、あなたと知り合いになれてよかったです」
「ありがとうございます。僕の方こそわかってもらえてうれしいです。実は、ここに来るまでの間、もし、理解してもらえなかったらどうしようってことばかり考えていたんです」
足元に風が流れる。
「僕って小心者なので……」
武本が苦笑する。たった今、そこを通り抜けて行った猫達が振り返って見る。

「そうだ。もし、お好きならば、花の種をどうぞ」
そう言うと武本は鞄から種子の袋を出した。表には華やかな黄色いカーネーションの写真が付いている。
「きれいですね。黄色い花って気持ちを明るくしてくれるような気がして好きだな」
ハンスが言う。
「花言葉は陽気。あなたのイメージにぴったりですね。それに4月に似合う花だからかな? 偽り……なんていう花言葉もあるんです」
「エイプリルフールだから?」
「さあ、そこまでは……」
武本が首を傾げて微笑する。
「じゃあ、早速、庭に蒔こうかな」
ハンスが言う。
「でも、これは春の花だから……。今蒔くのなら夏に咲く方がいいかな? あった。リンドウとラベンダー。これなら今から蒔くのに丁度いいですよ」
そう言って袋を差し出す。
「じゃあ、これは返しますね」
ハンスが言うと武本は笑って首を振った。
「いいえ。これは次のシーズンに蒔いたらいいですよ。今日はこの3種類しかないのだけれど、もしよかったら別の種も差し上げますよ。お花が好きなようだから……」
「これで十分です。上手く育てられるかわからないし……取り合えず、これもらっておきますね」
ハンスが笑ったので、武本も笑顔で言った。
「また、お邪魔してもいいですか? あなたとはもっといろいろ話してみたいんです」
「構いませんよ。僕もまだ知りたいことあるし……」
「では、今夜はもう遅いので失礼します」
そうして武本は帰って行った。

「僕は父様に殺されそうになった。治は誰に殺されそうになったんだろう。地の底に閉じ込められた子ども……。二人のうち、どっちの言ってることが正しいのだろう? でも、今は考えないようにしよう」
良かったことは今後、篠山のことを気にする必要はなくなったということだ。そして、グルドの亡霊達ももう来ない。木ノ花会の人間がああして頭を下げて来たということは少なくとも、しばらくの間は休戦するということなのだろう。

「ねえ、さっき電話があって、お父さんが就職祝いをくれるって言ってるんだけど……。あなたがいつでも弾けるように、地下室に置くピアノを……。明日、一緒に見に行こうって言ってるの」
美樹が言った。
「ほんとに? もちろん行きます。僕、すごくうれしいって、お父さんに伝えてください」

――ファーター

「一人目のファーターは怖かった。二人目のファーターは僕を狂人にした。そして、3人目のファーターは、僕に天使をくれた」
美樹は早速家に電話をした。
「それじゃ、明日のお昼に銀座のショールームでね」
彼は電話している美樹をいきなり抱き締めた。
「どうしたの? 急に……」
電話を切った美樹が振り向く。

「まだ、実弾射撃場に行ってみたいですか?」
唐突に訊いた。
「そうね。私、どうしても一度本物の銃を撃ってみたいのよ」
「どうしてですか?」
「あなたも銃を撃つでしょう? その感覚を共有したいの。どんな風なんだろって、想像するだけじゃなくて、この手に同じ感覚を刻みたい……」
真剣な瞳。その目をじっと見つめてハンスは宣言した。
「でも、僕はもう、自分から銃を撃ったりしないんです」
「何故?」
「必要でなくなったから……」

――ルビー、私に銃を向けるのか? 育ててやった恩義も忘れ、この私に……
1年半前。彼はジェラードに銃口を向けた。
――そうだね。あなたは僕にいろいろな物をくれた。でも、もらったよりも多くのものを奪って行った。偽りの中で生きる苦しみをくれたお父さん、愛していたよ。さようなら

「明日は生まれ変わった僕になって、新しいお父さんとピアノを買いに行くんだ」
リビングに置かれたグランドピアノ。そこに映る彼は微笑んでいた。
「そうね。本当はあなたには銃なんて似合わない。あなたに似合うのは……」
じっと見つめ合う二人。それから、彼女の熱い手がそっと彼を引き寄せる。そして、唇が触れそうになった瞬間、また玄関チャイムが鳴った。
「どうしていつも僕らの邪魔をするんだ。今度は誰であっても殺すぞ」

不機嫌な顔をして彼が扉を開けると、そこには兄が立っていた。
「褒美を持って来た」
手にはウサギのぬいぐるみ。
「すごい! ちゃんと治ったんだね」
撃たれたぬいぐるみと同じピンクのウサギがハンスを見つめる。
「4月は復活祭の月だからな」
そう言うとルドルフはぬいぐるみを渡してすぐに帰った。ハンスはそれを抱き締めてリビングに駆け戻った。

「見て! 生き返ったです! 僕のウサギさんが……」
彼は美樹の手を取るとリビングの中をダンスして回った。その風圧でテーブルの上にあった種の袋が一つ落ちた。
「復活したんだ。何もかも……」
(悪いファーターは死んで、いいファーターが僕に喜びをくれる……)
ピッツァとリッツァが、転がったイースターエッグにじゃれている。それがさらに転がってテーブルの足に当たる。
「もう、おやすみよ」
美樹がそれを拾って籠に入れる。ハンスも向かいに落ちていた種の袋を拾ってテーブルに載せた。黄色いカーネーションの袋だった。それは4月によく似合う。その花言葉は陽気。そして……偽り。

Fin.